最後の言葉

代表の井手の経験を通して、
日本グリーフ専門士協会が考えるグリーフケアについて触れました。
ぜひ一度ご覧ください。

「バカ野郎。こんなものが食えるか!」

そう妻に言葉を吐き捨てた夫は、朝食を残したまま会社へ向かいました。

彼が訃報を聞いたのは、家を出てから3時間後。

最愛の人は買い物途中で、車に接触し、帰らぬ人となったのです。

事故現場には、破れたビニールから飛び出した
ジャガイモやニンジン、タマネギ……が散乱していました。

過日、ある男性が私が主催する講座に参加しました。
一人離れたところに座った男性は、講座が終わっても席を立とうとしません。
ゆっくり近づき、声をかけると、彼は言葉を濁しながら語り始めました。

それが冒頭のエピソードです。

彼の言葉は亡くなった妻への自責の念で溢れていました。

旅先で歩くのが遅いと怒鳴ったこと、
服のセンスが悪いと目くじらを立てたこと、
掃除の仕方、食事のこと……。

手こそあげなかったものの、
口うるさく文句を言うばかりの夫婦生活だったと。

彼は最後に私に言いました。

「私が好きな食べ物はカレーなんですよ。
妻はきっと私のことを考えて買い物に出て……。
妻にかけた最後の言葉が『バカ野郎』でした。
本当のバカ野郎は私ですよね……。
あれから10年以上、妻への言葉が私を苦しめています。
きっと一生後悔し続けるでしょう……」

当たり前のように過ぎていく日常が、
なんの前ぶれもなく、突然、幕を下ろします。

そのとき私たちは、

「もっと一緒に過ごせばよかった」
「あのとき、ちゃんと話を聞いてやれば」
「どうして仕事ばかり優先してきたのだろう」

と、いままで軽視していたことを反省するのです。

彼との出会いから、私は自分が外へ出るとき、
あるいは家族が外へ出かけるとき、
「これが最後でもいいのか」
と自分に言いきかせるようになりました。

もちろん私も聖人君子ではありません。
家族で揉めることもあります。
喧嘩して家を出ることもあります。

でもそんな時はケータイで、

「言い過ぎた。ごめん……」

と残すようにしています。

後悔をなくすことはできないかもしれませんが、
できるだけ後悔を少なくするために。

グリーフとは大切な存在を失った方の悲嘆やそれに伴う反応のことです。

グリーフケアは「死」を突きつけられた方たちと共に
「いのち」に触れる時間ともいえます。

あなたは死を考えることをネガティブに捉えているかもしれません。

たしかに、大切な人や存在と別れていく
哀しみの大きさを思うと当然です。

しかし、残された時間が、
ほんのしばらくしかないとわかれば、
誰もが平凡な日常を愛おしく感じ、
いつも目にしている当たり前の風景も全く違って見えてくるでしょう。

もし今日が「人生最後の日」としたら、
あなたは目の前の相手に、昨日と同じ接し方をするでしょうか。
同じように言葉をかけるでしょうか。

日本グリーフ専門士協会が考えるグリーフケアは、
大切な存在を失った方にどう向き合っていくかはもちろん、
人生の中で避けて通ることができない死を通して、
自分の人生を見つめ直し、これからの在り方を考える、
一人ひとりの「いのち」と向き合う取り組みです。

私たちの取り組みが、あなたが大切にものに触れる
小さなきっかけになればと願っています。

 

一般社団法人 日本グリーフ専門士協会
代表 井手敏郎

    PAGE TOP