グリーフケアの風景 Landscape
『予期悲嘆』て何? 前編
こんにちは。新人グリーフ専門士、寿月です。
パソコンの前にいる時間が長いので意識的に散歩に出るようにしているのですが、ここ一週間ほどでしょうか、歩いていると鼻水が垂れてくる。なんだか目も痒いぞ。そう花粉です。私のもとには早くも花粉の便りが届きました。毎年のことなのに、いつ頃はじまりいつ終わるのかを忘れてしまいがち。そして毎年「今年はやけに早い!」と騒いでいますが、花粉症の方どうですか? 今年、早くないですか?
「冬来たりなば春遠からじ」
これは英国の詩人シェリーの有名な詩の一節なので、ご存じの方もいらっしゃると思います。長い冬を耐えて春を待つ気持ち、辛い時期を耐え抜けば、幸せを感じられる時が必ずくるよというたとえとしても用いられることが多いですね。
今日はこの言葉を胸に、書き進めて参りましょう。
予期悲嘆とは
予期悲嘆という言葉をご存じでしょうか。
予期悲嘆とは、大切な存在と、そう遠くない時期に別れなければならないかもしれないと意識したときから現れる様々な反応のことをいいます。
家族への余命宣告、お腹の中で大切に育んでいる我が子に重篤な病気がみつかる、ペットが高齢となり体調が安定しないなど状況は様々です。当然、闘病の最中にあるご本人にも起こりうる反応ではありますが、寄り添う側もまた大きな揺らぎに直面します。喪失後の悲しみや嘆きを先取りすると表現しているサイトもあり、なるほどと思いました。
当たり前であったはずの日常が音をたてて崩れていくような恐怖感。未来への不安。捨てられない希望との葛藤。覚悟を求められる絶望。
ここでは難しいことは置いておいて、実際どのようなことが起こりうるか、というところをお話していきたいと思います。
それはそれは苦しいです
夫の具合が悪くなってから死別、そして現在に至るまで、いつが一番しんどかっただろうと考えることがあります。もちろん横一線に並べられるほど単純ではなく、その時々で状態はまるで違いますし、比べられるものではないのが大前提。だけど、あえてそう考えてみた時にいつも思い浮ぶ場面がいつくかあって、その一つに、夫の病気がわかるかわからないかの頃のことがあります。
他の記事でも少し触れましたが、夫は本当にギリギリまで病院に行くことを拒んでいたので、家に居ながらに症状は深刻化していきました。調子が良い日と悪い日が交互くらいだったものが、徐々に悪い日の比率が高くなり、そのうち調子の良い日を探すほうが難しくなっていく。そして調子が良いというのも、一日のうちのほんのわずかな時間になっていく。普通の状態でないことは明確で、でも病院に行ってくれないから実態が掴めない。頭の中だけで悪い想像がどんどん膨らんでいきました。
夫の体に何が起こっているのか、知りたいけど知りたくない。
まだ何も決まっていないうちから、闘病の過酷さやその先の死を意識してしまう。看取りの場面を想像してしまうこともあれば、残される自分の身の上に不安を感じたりもする。言葉にできないような想いが込み上げてきて一人涙する時もありましたし、怖くて震えが止まらなくなることもありました。
そして、そんなふうに早合点している自分を責めるのです。どうして未来を信じられないのだろう。良くなった先を想像できないのだろう。今、目の前で夫は生きているのに、私はどこを見ているのか。
いつか今が笑い話になると信じたい気持ちと、今日にも今にも死んでしまうのではないかという恐れが一日の中で何度も入れ替わりながら押し寄せてくる。大切な人が苦しんでいる様子は、そばにいる側にとってもしんどいものです。心配するあまりか、夫の状態と同化したような身体症状が私にも出ていて、でもそれを夫に知られないように必死に隠してもいました。
今、当時の日記をはじめて読み返しながらこれを書いていますが、あまりに生々しい内容に胸が苦しいほどです。
死なないでほしい。生きてほしい。幸せだった日常を取り戻したい。でも彼が苦しむのであれば、らくになってほしいというようなことまで書いてある。現実的な心配やお金の不安、いろんなことを先回りして考えてしまっている。どうなっても自分を保っていられるだろうか、笑っていられるか、夫を支えていけるのかなどを散々書きなぐった後に、だから何も決まってないうちから! と想像を膨らます自分をなじることの連続です。
日記から一部を抜粋してみます。
『○○(夫の名)、今朝は顔色悪く、もうフラフラだ。私も疲れた。
たとえばこのまま家でどうにかなってしまっても、それはそれで〇〇は幸せだったと思うのではないかと、昨夜は考えてしまった。
全部吐くとわかっていながらもお酒が飲みたいという彼を止められない。引っぱたいてでも止めるべきだろうか。そうなんだろうな。でもできない。今しか飲めないかもしれない、これが最後のお酒かもしれないと頭の中が忙しい。正解はいくつもあって、間違いもいくつもある。見方を変えれば善にも悪にもなりうる。もうずっとその狭間にいる感覚。諦めなのか許しなのか。彼のためか自分のためなのか。わからない。きっと最後までわからないだろうな。最後が来るなんて想像するのは早いんだとここに書くことすら、不自然なことに思えてきた。疲れた』
この直後、夫は緊急入院することになりました。ほとんど飲めず食べられずいたために脱水にもなっていただろうし、体力的にはとっくに限界が過ぎていたのだと思います。そして私自身もまた、心身ともに限界が近いことを自覚していました。これ以上家で、2人だけで全てを抱えることを続けたら、そう遠くない時期に共倒れになるだろうと思っていた。
あらゆる検査をし、間をおかずして余命宣告となります。
医師たちからはとてもシビアな状況が伝えられました。すぐにでも緩和ケアにとの話をいただいたけれど、夫はその場で、迷うことなく生きるための過酷な治療を選択しました。横にいた私も取り乱すことなく、わからないことをどんどん質問したりしました。
面談が終わった後、看護師さんからはこちらを労わるような言葉かけをいただきましたが、正直、その方の様子とその時の私たちとの間には温度差があるように思えました。二人ともどこか興奮していた。現実が受け止め切れていなかったのかもしれません。と同時に私は、ようやくスタート地点に立てたようにも思っていました。夫の心の本当の部分はわかりませんが、太い血管から高濃度の栄養を入れてもらっているせいか家にいた頃より元気そうで、電気の消えた談話室で(面談が終わったのは夜の遅い時間でした)、どうしてか爆笑しながら機関銃のように喋り合ったのを覚えています。
「お前のために、絶対に生きるから」
夫はそう言ってくれました。
程なく、医師などから伝えられる厳しい現実と、生きると決めている夫の認識にズレが生じることが増えていき、私はその狭間で何度も迷い、悩みました。癌だけでなく、感染症やら合併症やらパニック障害やら様々な試練が次から次に降りかかってきて苦しむ夫を見る中で、私がいなくなれば夫も無理をして生きようとしないでいられるのではないかと考えたこともあります。
残された時間が猛スピードで減り続けているのは明白で、だからこそ夫の気持ちや意思を絶対的に尊重しようと決めてはいても、それが私のための選択なのだと思うと苦しかった。私の心も死と生を行ったり来たりすることになりました。
元気になった後にやりたいことをいくつもあげて、痛み止めの麻薬に頼りつつそれに向けて準備を進めようとする夫をサポートしながらも、それが実現をみないという現実とちゃんと向き合ってほしいとも思っている。でも今のまま希望を捨てないでほしいとも願っている。一秒でも長くという想いと、もういいよ、よく頑張ったよと言ってあげられるのは私しかいないのだろうという気持ちが常に入り混じっているのです。
亡くなる3日ほど前でしたか、「〇〇と一緒にいられて、私すごーく幸せだったよ」と伝えると、夫はほとんど息を吐き出すだけの声にもならない声で「なんで今そんなこと言うの? まだ早いよ」と言って笑いました。
最後の最後まで現実を受け止められずにいたのか、それとも全てを受け止めながら私のために生きることを貫いてくれたのか、今となってはわかりません。
今回日記を読み返すとともに、闘病中の夫とのLINEのやり取りも見直してみました。日記の中で「どこを向いても悲しみだらけだ」などと書いている同じ日に、夫に向けて前向きな言葉や笑い話を送っている。どちらにも嘘はないのです。夫の前で無理をしていたというのとも違うような気がします。夫の生きようとする意欲に、私自身が支えられていたからこそ、内側にある葛藤や迷い、不安や絶望を封じ込めたようなアンバランスな状態を乗り越えられたのだと思います。
いずれにせよ寄り添う側もまた複雑なものを抱えながら、その人を支えていくことになります。相反する気持ちに振り回されつつも、時間は刻々と進んでいってしまうのです。
後編は、予期悲嘆の中にいる家族へのサポートの実情について触れて参ります。引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
編集後記
最後まで読んでくださりありがとうございました。何事も一歩踏み出すには、エネルギーを使います。ご無理のない形でのご参加、お待ちしております。
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