グリーフケアの風景 Landscape
死別からどうやって立ち直ったのですか
こんにちは。グリーフ専門士、寿月です。
グリーフカウンセリングをさせていただく中でよく尋ねられる質問があります。
どうやって立ち直ったのですか
とても切実な問いです。
大切な人や身近な人を亡くした方のお話を伺っていると、想いやご経験がそれぞれなように、再び自分らしく生きられるまで、その道のりは本当に人それぞれなんだと感じます。
私自身もまだその道半ばにいるのだと思うこともありますし、「立ち直る」というのはどういうことかを考え続けているところもあります。
立ち直ったと感じられる時もあれば、まだまだだと思うこともある。
立ち直りたいと切実に願う瞬間もあれば、この哀しみにずっと身を浸していたい、立ち直りたくなくなんかないと思う日もある。
元のような生活を取り戻した時が立ち直ったという状態だと思う人もいれば、
クスっと笑えた瞬間に自分はもう大丈夫だと感じる人もいます。
泣く回数が減った、仕事ができるようになった、ご飯が美味しく感じられた、記念日が昨年よりも楽に過ごせた……。
全員に共通する唯一の基準があるわけではなく、私もわからずにいるのですが、「立ち直る」ってもしかしたらある時点というか、ゴールのようなものではなくて、そのようなタイミングを重ねていくことで、より色味(濃さ)や深みが増していくものなのかなとこれを書きながら想像しました。
哀しみに身を浸していることだって、ある意味ではその過程の大切な一部かもしれませんね。
今回は、私自身がこの道のりを歩き出すきっかけとなったお話と合わせ、日本グリーフ専門士協会に集ってくださった方々のお声をお届けしたいと思います。
それでは今日も書き進めてまいりましょう。
私はここにいるよ
大切な人や身近な人と死別した後、自分がどこにいるのかも、どっちに進めばいいのかもわからなくなることがあります。
私自身もそうでした。その場にうずくまるようにして過ごしながらも時間は流れてゆくから、朝が来たり夜が来たりしていることをぼんやりと感じながら、そして大切な人が居なくなってしまったという現実に打ちのめされ続けながら息をしていました。
どうしていいかもわからなかったし、どうしたいかもわからなかった。
誰か助けてと毎日思っていたし、どんなものも助けにならないと諦めてもいました。何故なら、本当の意味で今の気持ち、そして失ったものの大きさを理解してくれるのは、亡くなった夫だけだと感じていたからです。
そんな中で私はグリーフケアを学び始めました。何故その一歩を踏み出したかについては別の記事(*)に詳しく書いているので省きますが、これが今の私へとつながる一歩だったことは間違いありません。(*ブログ 「グリーフケア」にたどり着けない問題)
哀しみの渦中にいる時にグリーフケアの知識を学ぶ。そこにどんな意味があるのかと思われる方もいるでしょうか。
グリーフ専門士/ペットロス専門士養成コースという名称から、支援者になるための講座と捉えられることも多いですし、もちろんその側面は大切にしています。
ですが実際に私がグリーフケアの知識から最初に得たものは、大切な存在を失ってから生きていくための下支えのような気がします。
何を求めて学び始めるかは人それぞれではありますし、私も最初は支える側になるぞと力んで、ガチガチになりながら受講をはじめたわけですが、でも暗闇の中にいた時の私が本当に求めていたものはもっとシンプルなものだったのかもしれません。
この苦しみを、苦しんでいる私がここにいることを、誰かに知って欲しい
知識は小さな光となり「あなたは確かに今ここにいる」と私を照らし続けてくれています。
そして、さまざまなテーマを通して何度も自分の気持ちや経験を言葉にしていくという講座スタイルの中で、私の話しをわかりたいと思って聴いてくれる人たちと出会いました。
小さな光が少しずつ広がっていき、人とのつながりや未来とのつながりがぼんやりと見えてきて。
本当に少しずつだけれど「ひとりではない」の実感を掴んていきながら、ゆっくり、ゆっくり進んできました。
そして今も、その道のりは続いています。
知識を学んだから哀しみがなくなるのではなく、哀しみの中で生きること、明日へ生き繋ぐことを重ねてゆくために学ぶ。知識やつながりは、その道のりを共に過ごす相棒のようなものかもしれません。
私と同じように、大切な人や身近な人を亡くし、その状況にどう対処していいかわからない時、それでも暗闇の中からなんとか外側に手を伸ばし、日本グリーフ専門士協会にたどり着いてくださる方々がいます。
受講された方のお声
受講された方のお声、その一部をご紹介いたします。
・とても温かく、安心できる場だということが一番印象に残っています。このような場、そのものがグリーフケアにつながるのだと感じました。
・ここにいると安心できるという感覚を、講師の先生と受講者とで共有できたことが嬉しかったです。講義の場が優しさにあふれていたからだと思います。
・うつ病とグリーフの比較を知った時とても驚き、私ははっきりと「あの時はグリーフだった」のだとわかりました。私の心がおかしくなったのではなく、死別で痛みを抱えるのは当たり前、という言葉に心に深く動かされ、安心感を覚えました。
・幾度か涙が滲んでしまう場面もありましたが、全てを受け入れて下さるような安心出来る講義でした。学ばせて頂くと同時にまだ残っている辛い気持ちをすっと癒して頂いた思いでいっぱいです。
・自分の感情や気持ちを大切にしてよいのだと気付かされました。長い間、自分以外の物事を優先してきてしまい、死別以外のグリーフもたくさん持ち合わせている自分を抱きしめていきたいと思いました。自分の感じたものを信じて、泣いても笑っても怒ってもどんな感情を抱いてもいい、自分を良く見せようとしていることも自分を責めていることもすべてOK。そんなことに気づかされました。
・「誰かを助けたい」の誰かは自分のことだったのかもしれません。悲しみは深いものの、グリーフという言葉を知って、そのためのケアを早い段階で学ぶことができたのは、とても良かったと思っています。
・自分の想いを表出できて、それを否定することなく聴いてくださる時間・空間に、とても救われました。深い話をしていくことで関係性も深まっていき、かけがえのない出会いになるのだろうと感じています。
・テキストを中心とした学びではなく、受講者の方と実践的に学べたことが心に残ったことです。自分自身がお話させていただく中で、今まで気づかなかったことに気づくことできたこと、また、その中でたくさんの涙を流したことも印象的でした。
・「何を言っても否定されずに受容してもらえる」、温かく穏やかな空気感を感じることができたこと。
どんな理論よりも、非言語で感じるこうした温かい空気こそが、グリーフの傷を抱えた多くの方が求めるものなのではないかと感じました。
・安心して自分の気持ちを受け止めてもらえる環境に身を置くことは私にとって安全でもありました。
まだまだグリーフの渦中ではありますがグリーフと共に歩んでいけばよいのだと思っています。仲間に支えられ、癒され、成長し、自分を愛することができるようになりました。寄り添い、応援してくれる仲間との出会いは感謝しかありません。
https://grief-school.net/voice/
(グリーフ専門士/ペットロス専門士養成コース:受講生の声)
哀しみの渦中にいる時にグリーフケアの知識を学ぶこと。
もちろん、今はその時ではないとお感じの方もいらっしゃるでしょう。
私も、学び始めたのは夫を亡くして半年に満たない時期でしたので、講義の時間ちゃんと座っていられるのだろうかと思うほどの状態で、不安と緊張の中で踏み出したというのが正直なところです。
哀しみの中を生きる時、何が支えとなるかは人それぞれです。その「それぞれ」の中に学ぶという選択肢があること。心の片隅に留めていただけましたら幸いです。
編集後記
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
この記事を書きながら、学び始めた頃の自分をあらためて思い返しました。
当時の私も今の私も大切な私。
〇オンラインによる「わかちあいの会」(無料)・個人カウンセリングの日程確認とお申し込みは「グリーフサポートIERUBA」へ。
〇「哀しみに寄り添うグリーフケア基礎講座」
大切な人や身近な人と死別され、哀しみの渦中にいらっしゃる方にもご参加いただける講座となります。
死別後の暗闇の中、知識が今を生きる支えとなりますように。
〇「グリーフケア入門講座」「ペットロスケア入門講座」
こちらの講座は無料で開講しています。支援者を目指す方、グリーフケアってなんだろうという方はこちらをどうぞ。私もここから学び始めました。